大判例

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東京高等裁判所 昭和34年(ツ)133号 判決

上告人 前畑誠一

被上告人 小沢ゆき子

主文

原判決を破棄する。

本件を静岡地方裁判所に差戻す。

理由

上告理由は末尾添付の上告理由書記載のとおりである。

上告理由(一)ないし(五)について

所論は、本件における主要の争点は被上告人及び上告人の各土地所有権の範囲如何であるに拘らず、原審がこの点につきなんらの判断を与えなかつたのは違法であるというのである。

原判決は被上告人所有の静岡県清水市江尻田原町四番の二宅地四十一坪と上告人所有の同番の一宅地三十坪(いずれも公簿上の地積)の両土地は、もと訴外伏見督太郎外二名の共有に属する一筆の土地であつたが、右四番の二を被上告人の前主中川喜一に譲渡するに先だち、昭和二十五年十月十八日右三名の申告により分筆されたことを認定し、次いで右分筆による両土地の境界につき、右分筆届添付の図面により算出される右両土地の合計地積は約六十八坪で、そのうち四番の二の地積は約三十九坪、同番の一の地積は約二十九坪であり、その境界線は四番の二の宅地の北側境界線と平行していると認められるので、右分筆は図面上の地積約六十八坪を右北側境界線と平行する直線により両地の公簿上の地積の割合である四十一と三十の割合で分割してなされたものであることが推認されるとし、右両地の合計実測面積七十二坪二勺を右北側境界線と平行する直線により前記割合で分割すると、その線は被上告人主張の原判決添付図面BGの両点を結ぶ直線となることが認められると判示し、右両地の境界はBGの両点を結ぶ直線である旨確定すると共に上告人所有の塀は右BG線の北側四番の二の宅地上にあることを理由に土地所有権に基き右塀の除去を求める被上告人の請求を認容すべきものとしたのである。

しかし記録によれば、上告人は第一審以来上告人の所有土地は昭和二十三年中上告人において当時の所有者伏見治三郎から賃借したもので、右賃借にあたり現地につき賃借土地の範囲を確定し、後に被上告人において所有権を取得した部分との境界-原判決添付図面CFを結ぶ線-に石垣(後に盛土により埋没したが、なおその侭現存する)を築造して賃借土地の範囲を明確にしたこと、被上告人の前主中川喜一が譲受け、更に同人より被上告人が所有権を取得した土地は右上告人の賃借土地を除く部分であり、上告人は後に右賃借部分を買受け所有権を取得した旨極力争つていることが明らかである。従つて原判決の確定したように本件両土地の分筆による境界が被上告人主張のBGを結ぶ線であるとの前提に立つても、右上告人の主張によれば前記BG線とCF線の間の土地即ちB、C、F、G、Bの各点を順次結ぶ線内の土地(以下本件係争部分と略称する)は、前記分筆当時上告人の賃借中の土地に属し、分筆にあたり四番の二の土地の一部とされたと認めなければならないとしても、被上告人の前主中川喜一に対する売買の目的たる土地の範囲に含まれず、後に四番の一と共に賃借人たる上告人に譲渡されたということとなる筈である。しかして土地の所有者は一筆の土地を任意に分割してこれを譲渡の目的とすることができ、右分割につき土地台帳における登録もしくは分筆登記を経ていないというだけの理由でこれが効力を否定できないのである。(大審院大正十二年(オ)第六六四号、大正十三年十月七日民事連合部判決、民集三巻十一号四七六頁参照)。従つて本件両土地の境界が被上告人主張の線であるとしても、そのことから、前記上告人の主張を無視して直ちに本件係争部分が被上告人の所有に属するものとし、土地所有権に基き右地上に存する塀の除去を求める被上告人の請求を認容することはできない筋合といわねばならない。よつて原判決が、本件係争部分が被上告人に譲渡された範囲に含まれていないとしてその所有権の取得を争う上告人の主張につき判断を加えることなく、たやすく前記塀の除去を求める被上告人の請求を認容したのは理由不備の違法があるといわねばならない。

次に本件訴状及び訴状訂正申立書には、被上告人において請求の趣旨として、前記土地所有権に基く妨害物件の除去の請求の外、本件両土地の境界が前示BG両点を結ぶ直線であることの確定を求める旨の記載があり、右記載の文言からすれば右申立はいわゆる境界確定の訴の趣旨であると一応考えられないではない。しかし被上告人は同時に係争土地の所有権を主張して前記妨害排除の請求をしているので、この点に関連して考えれば被上告人の土地所有権の範囲の確認を求める趣旨とみる余地がないではない。そして上告人は前記のように、本件係争部分は被上告人が譲受けたものでなく上告人が買受けた土地の一部である旨極力主張しているのであるから、以上の当事者双方の主張等記録に顕われたところからみれば、本件における紛争は被上告人及び上告人がそれぞれ譲受け所有権を取得したとする土地の範囲についての主張の食違いに基因するものであることが窺われ、原審確定のような分筆によつて定められた両土地の境界線の如何によつて紛争が解決するものでないことが知られるのであるから、当事者間の紛争の解決という点からみれば、被上告人の訴旨はむしろ係争土地の部分に及ぶ被上告人の土地所有権の範囲の確認を求めるにあると解するのが合理的であると考えられる。しかして被上告代理人は当審における弁論において、この点を明らかにしなかつたけれども、右の見方を前提とする上告人の主張に対し敢えてこれを否定するところはなかつたのである。

以上述べたところからすれば、右請求はいわゆる境界確定の訴の趣旨と速断すべきでなく、もし所有権確認の趣旨であるならば、さきに述べた土地所有権に基く妨害排除の請求におけると同様前記上告人の土地所有権に関する主張を無視することはできない筋合であるから、これにつき判断しなかつたことに対する上告人の非難は正当としなければならないのである。よつて右の点を明らかにすることなくして境界確定の訴として処理した原判決には審理不尽の違法あるものというべく、結局原判決中右請求の趣旨第一項に関する部分も破棄を免れない。

よつて本件上告は以上の各点において理由があるから、民事訴訟法第四百七条の規定に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 梶村敏樹 室伏壮一郎 安岡満彦)

上告理由書

原判決は判決に理由を附せず若くは理由に齟齬あるものである。(民事訴訟法第三九五条第六号)

(一) 即ち本件の争点は上告人所有地と被上告人所有地との所有権の範囲を確定するにある事実は訴状、答弁書並に第一審口頭弁論調書の記載によつて洵に明瞭である。

(二) 而して本件当事者双方の所有地は元一筆の土地であり訴外伏見督太郎外二名の所有であつたが上告人は昭和二十三年中当時の所有者伏見治三郎から其の一部三十坪を賃借し治三郎の孫伏見治作から実地の指示引渡を受けた上当時田及畑であつた現地に治作の指示に従つて残地との境界を画し高さ約二尺の石垣を築造して土盛を施し宅地とした上住宅を建造したものであり其の後昭和二十六年二月六日被上告人の前主中川喜一が上告人の賃借した部分を除外した残存部分の土地を買受け更に昭和二十九年六月十六日被上告人が中川喜一から贈与を受けて其の所有権を取得し一方上告人は昭和三十一年六月十日前記賃借部分と全然同一範囲の土地を買受けて所有し現在に至つているものである。(訴状答弁書の記載並に第一、二審証人伏見治作第一審証人吉川勇作、前畑滝蔵の各証言及び甲第四号証の一、二記載参照)

(三) 従つて上告人所有地の範囲と被上告人所有地の範囲とは前記上告人の築造した現存の石垣によつて明瞭に確定せらるべき筋合であり第二審判決も当然此の境界線を基準として当事者双方の主張について判断を与えるべきものであること論を俣たない。

(四) 然るに第二審判決は前述主要争点に関しては一片の判断をも与えず上告人の賃借土地の範囲が確立した時期の以後である昭和二十五年十月十八日原所有者の申請に係る分筆申告によつてのみ両地の境界が確定するものであるとの皮相な且つ根拠を誤つた見地に基く判断によつて上告人敗訴の判決を言渡したのは全く判決に理由を附せず且つ理由に重大な齟齬があると謂うべきものである。

(五) 換言すれば両土地の所有権の範囲従つて両地の境界線は前記分筆時期以前である上告人賃借の時において確定しているものであり且つ後における実測乃至分筆申請によつて定まるべきものでないことは自明の理である然るに此の事実を全然黙殺して単に分筆によつてのみ所有権の範囲や境界を確定すべきものであると認定した第二審判決は謂わば難を避け安易に赴く式の判断に他ならず斯る判定方式が許容されるにおいては例えば接地した甲、乙両地を実測した結果公簿上の面積に比し甲地は之を超過し乙地は之に不足する場合乙地所有者から甲地所有者に対して所有権侵害乃至境界確定の訴を提起した場合裁判所としては他の証拠調を行うまでもなく実測図のみによつて算数上簡単に原告勝訴の判決を下すことが出来る訳で被告側に対しては不当に自己の権利を剥奪される結果を生ずるものであること勿論である本件の場合第二審判決は全く之と同一の判断を与えたものであつて到底判決に理由を附したものとは謂えないものである。

(六) 更に一面から考えれば第二審判決は上告人所有の清水市江尻田原町四番の壱宅地参拾坪と被上告人所有の同所四番の弐宅地四拾壱坪との公簿上の範囲境界を示したに止まり両者所有権の及ぶ実際の範囲については毫も判断を加えていないのであるから全く審理不尽理由齟齬の判決と謂わざるを得ないものである。

仍て第二審判決は破毀せらるべきものと信ずる。

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